地球は廻って
季節は廻って
私達は廻る

きらきらの波の光の中
首くくりさんはくるくる廻っていた
蝶にはなれないみの虫の夢

花代(アーティスト)

今から11年前の2001年11月1日、東京、広尾の美容院に併設された、30人も入らない小さなギャラリーで、ARICAは第一回の公演『Homesickness』を行いました。それが、このささやかなグループの出発です。

けれども、本当はもっと昔、27年前の1985年6月にARICA創立メンバーで大学の同級だった、そして今も一緒にARICAを続けている、私と倉石信乃、前田圭蔵と出かけた、横浜市教育文化センターでの観劇体験から始まった、とも言えます。

それは、太田省吾が主宰する転形劇場の『水の駅』でした。
冒頭、長い暗闇に目を凝らすと、バスケットを抱えた少女が浮かび上がり、ほとんど動いていないかのような、おそろしくゆっくりとした歩行で、舞台中央に向かって行く。そこには1本の水道管が立っている。少女は、壊れて水が微かに漏れ続けている蛇口に、取り出した赤いコップを差し出す。すると、ずっと聞こえていた水滴のしたたる音が、一瞬消え、圧倒的な沈黙が空間を満たす。

その27年前の少女が、現在ARICAの安藤朋子です。

月日が経ち紆余曲折があって、安藤朋子と仲間たちとで立ち上げたカンパニーは、今までひたむきに舞台と向き合ってきました。
そのなかで、いつも新しい人たちとの出会いがあり、作品も人も豊かになってきた、進化してきた、と思いたい。

しかし、今なお私には、『水の駅』幕開けの未だかつて聞いたことのなかった、あの絶対的「沈黙」の響きが耳から離れません。

そして、あらゆる事態の解決の糸口さえ見えない、底知れぬ暗闇に怯えているのか、過剰に騒々しい現在にあって、もう一度あの「沈黙」を呼び覚まし、その沈黙の耐え難さに耐えて、思考をはじめたい。

ARICAの舞台の滑稽な振る舞いは、底の無い深淵への畏れに沈黙で答え、そこから這い上がろうと足掻く、可笑しくも哀しい、切実な思いにあるかもしれません。

『This is ARICA Show!!』は、今までの活動を回顧するものではありません。演劇は美術や映画のように、残されたものを振り返り、見ることが出来ません。舞台は歩みを止めたら終わってしまうのです。あたかも人生のように。

今後さらに、10年、20年の先へ向かって行こうとしているARICAの、愚直な道のりを見守っていただきたいと思います。


2012年11月
演出 藤田康城

「This is ARICA show!!」明日開幕です!!

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問答無用!「蝶の夢 in VACANT」 首くくり栲象さんとのリハーサル

以前、舞台終わりの打ち上げに紛れ込ませてもらって、安藤朋子さんに質問をしてしまったことがあります。その時、ざくざくとした何かを断ち切るかのような安藤さんの所作が強く印象に残り、愚鈍にもその意味について聞いてしまったのでした。その子供のような質問は、あとで自分に返ってきて後悔するのですが、所作、そして身体についてもやもや考え続けるひとつのきっかけになりました。
よくわからないながらも、今、思うことは、安藤さんの身体の動きは「意味」ではなく「反応」そのものだということです。これってすごいことだと思います。
安藤さんが、そこに"いる"ことで始まる、場所、言葉、音、装置、衣装といった、言わば世界と身体の反応の連鎖が、ARICA独特の「身ぶり」を形作っていると感じています。そして、その光景はどこか自分たちの日常と地続きのようにも思え、どきどきしたり笑ったり、ついつい目が離せなくなるのです。

藤森泰司(家具デザイナー/藤森泰司アトリエ主宰)

英語をやれと言う。
セゾン文化財団が言う。
おいオマエらもうちっと英語できるようになれと言う。
それで財団の催す英語教室に半年ほど。
2011年のことである。
集められた演出家+劇作家たちを前に問いが発せらる。
ブリティッシュカウンシルから派遣された若いセンセが問う。
悪気のない、屈託のない笑顔で問う。
Please show me your artistic attitude.
一同黙る。
英語力以前の問題である。
可愛い顔してトンデモナイこと訊きやがる。
皆テキトーな単語を辞書で索き無理やり答える。
その中にあって、
最後の最後までまで黙り通した男が一人。
それが藤田康城なのだった。
きっと彼は未だに考え続けている。

危口統之(演出家/悪魔のしるし主宰)

演劇に対しては長年に渡る苦手意識があり、観るようになったのは実はここ数年のことだ。劇場では送り手と受け手が互いに媚びてるような、何処か内輪受けめいた笑いが良く見受けられ居心地が悪いことが多い。そう、いまだに演劇は大の苦手なのだ。もう演劇を観るのなんて懲り懲りだと何度思ったことか。だがしかし残念なことに私は既にARICAを観てしまった。思わず笑みが溢れるほどに先鋭的な表現を。お陰さまで、演劇に新たな可能性を見出すことを諦めきれない男になってしまった。

生西康典(演出家/美術家/映像作家)

アリカは、2006年、横浜のバンクアートでの公演、「KIOSK」に参加させていただきました。時期は12月だったから、海からの風が吹いて来るバンクアートはとても寒かったのをおぼえています。公演の方は、演出の藤田さん、主演の安藤さんには、いろいろ好きにやっていいよと言われ、海藻ワカメを投げたり、拡声器でガナったり、自転車を乗り回したり、とても楽しませてもらいました。またアリカの楽屋は、やたらアットホームで、本番前まで、お茶を飲んで、お菓子を食べながら、みんなでよくダベっていました。公演も思い出深いですが、あの楽屋、ほんとうに楽しかった。いまでもよく思い出します。

戌井昭人さん(小説家、劇作家/鉄割アルバトロスケット主宰)

異言語を聴くのが好きである。英独仏語のような僅かなりとも文や単語が分かるものではなく、ケチュア語だとかマレー語、ゲール語などの耳慣れない言語だ。まったく意味がつかめないロシア語やハングルでも同じように耳が立つ。街角や映画、ラジオなどからそうした言葉が聞こえると心身が活性化するように感じられる。
私がARICAの舞台を見たのは、2003年3月の「Parachute Woman」が最初だったが、異言語を耳にしたときのように、「分からなさ」の只中に放り込まれた。「分かりにくさ」ではない。繰り返される振る舞い、伐り出されたままの台詞は静かな狂気を揺らめかせて、取りつく島もなく弧絶していた。爾来、ARICAを見続けているけれど、初めての言語に遭遇する感覚をいつでも抱かせられる。テキスト、演出、俳優の三者は決して渾然一体とはならない。己の時空を回転する遊星が一瞬の出会いを果たしたかのように直列が形成されるのだ。ARICAは私にとって、異言語が出現する磁場のように思える。

須山実(エクリ主宰/編集者)

やっぱり笑ってしまいました。

緻密に設えた舞台に、大威張りで現れる「あの女」。
おそろしく生真面目に仕事をこなし、
なりふり構わず思いのたけを絞り出す。
人間国宝もハダシで逃げ出す、機械仕掛けの浄瑠璃狂言。

こんなにも滑稽な人の営みにまいど慄然とさせられるのです。

住吉智恵(TRAUMARIS主宰/アートプロデューサー/ライター)

 ARICAの演出・藤田康城は、音楽フェチである。中学生の頃から都内のレコード屋を廻り、あさり、ありとあらゆるジャンルのレコードをコレクションしてきたらしい。(藤田がコレクションしているものは「こけし」だけではないのだ。実際、自宅の一部屋は、本で埋まっていて床が抜けそうだし)
 藤田は稽古場に入ると、まずipodをセットし、その日の気分でチョイスした音楽で稽古場の空気を満たす。そうしてから、満足気にイスに腰掛け、「で、何だっけ?」という具合に始まる。
 今日の音楽は、アブドゥーラ・イブラハムのアルバム『Good news from Africa』。南アフリカ・ケープタウン出身のジャズピアニストで、イスラム教に改宗して名前も改名したのだが、改名前のダラー・ブランドの名前で知られる。最近は、これと、菊地雅章である。先週、東京文化会館でコンサートがあったので、皆で行ったのだが、その日の藤田は気もそぞろで、妙にきっぱりと「今日は6時にここ(森下スタジオ)を出る!」を宣言し、珍しくテキパキとRHを進めたのであった。

 さて、今日は、舞台監督の鈴木康郎+湯山千景チームがやってきた。藤田と安藤で何日も悩んでいたテクニカルな問題を次々と解決し、すっきりと美しく整えていく様はザ・プロフェッショナルである。

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不安がウソのように晴れ、すっかりリラックスした安藤と、
実はミナペルホネンのジーンズでキメたブカン・鈴木康郎

(Reported by 須知)